2026.06.09メールマガジン

生成AIで「自分に合う企業」は見つかるのか

先日、ある出版社のWebニュースメディアで、生成AIを活用した就職活動の様子を伝えていました。曰く、エントリーシートの作成に生成AIを使うのは当然。その上で、さらに踏み込んだ活用方法が紹介されていて、少し驚いてしまいました。

作成した自己PRや自分の希望条件などをChatGPTやGeminiに読み込ませ、自分にフィットしそうな企業を提案してもらう。それだけでなく、TikTokなどのショート動画で社員やオフィスの空気感を直感的に判断し、口コミサイトで実態を推測しながら、納得できる企業を絞り込んでいく。

多くの学生は、自分の知っている企業や業界が限られていることを自覚しているので、知らない企業を生成AIが提案してくれることに、大きなメリットを感じるでしょう。自己PR情報や要望を加味した上であれば尚更です。身近なSNSや口コミの情報で、学生なりの裏取りをすれば、合理的かつ信憑性のある就職活動に見えるはずです。

もし、こうした就職活動が広がるのであれば、企業側も対応を迫られるでしょう。かつてはSEO(検索エンジン最適化)対策が話題になりましたが、今後はAEO(Answer Engine Optimization/回答エンジン最適化)、つまり生成AIが自社を適切に候補として提示してくれるような情報設計が、採用広報において問われるようになっていくかもしれません。

▼「AI就活」への違和感の正体
大学教育のなかの生成AI活用については、様々な意見があります。慎重に考える立場、積極的に推進する立場など、それぞれに一理ありますが、私自身は学生から社会人への移行を支援する立場として、仕事で生成AI利用が避けて通れない以上、大学生活のなかで使いこなすトレーニングは必要だと考えています。

そのため、自身の思考を深めつつ、効果的な使い方ができるのであれば、就職活動で生成AIを使うことに大きな問題は感じません。しかし冒頭で紹介したような「AI就活」には、なぜか違和感が拭えないのです。

「自分に合った企業を見つける」という就活の難関ステップを、膨大な学習データを取り込んでいる生成AIが担ってくれるなら、社会経験の少ない学生からすれば有意義な活用方法だと感じるでしょう。IR情報といった少し手強い企業情報も、分かりやすく解説してくれるので、理解が深まり、志望動機を掘り下げて考える手がかりにもなるはずです。

なのに、拭えない違和感の正体は何なのか。その理由が「記号接地」という言葉を知ったことで、少し整理できたように思います。

▼記号接地と就職活動
「記号接地」というのは、認知心理学や人工知能研究などで論じられてきた概念です。今井むつみ著『人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学』(日本経済新聞出版)には、「記号接地とは、自分で経験し、そこから自分で経験を抽象化したり拡張したりして『知識を創る』こと」(P209)と説明されています。

同書には、次のような説明もあります。「AIは、リンゴの写真を処理し、認識できます。今後、香りセンサー、触覚センサー、味センサーなどをつけて、それぞれを処理することもできるようになるかもしれません。ただ、それをどのように統合するか。これはなかなか難しい問題です」「一方で人間は、たくさんの感覚器官(センサー)から一気に情報を習得し、それを統合するということをつねにおこなっています。『リンゴという体験』を、自分の身体の一部にできる。つまり記号接地できるのです」(P176)。

就職活動に置き換えてみましょう。生成AIは仕事内容、平均年収、勤務地、口コミなど、多くの情報を取得して、自己PRやガクチカといった入力情報をもとに、フィットしそうな企業を提案してくれます。しかし、その結果を学生自身が実感を持って受けとめることができなければ、記号接地できていなければ、腹落ちしたキャリア選択にはつながりにくい。

内定を獲得したものの意思決定が進まず、かといって明確な方向性があるわけでもなく就職活動を続けている学生を見ていると、記号接地できていないことが一因なのかも・・・と考えたりします。

▼情報に踊らされないキャリア選択
生成AIだけでなく、SNSでは「後悔しない企業選び」「入ってはいけない会社の特徴」といった動画や画像が流れてきて、学生は様々な情報に日々さらされています。サイトに登録すれば、対処できないほどのメールが送られてきて、件名を読むだけでも一苦労です。

しかしどれだけ有益な情報があろうとも、記号接地した価値観-つまり自分の経験から形成された感覚-が形づくられていなければ、優先順位をつけたり、意思決定したりすることは困難です。

冒頭の「AI就活」に抱いた違和感は、生成AIが主因ではないのでしょう。それ以前に、大学生活のなかで記号接地した「好き・嫌い」や「得手・不得手」が十分に構築されないまま、与えられた情報に頼ってしまうキャリア選択に引っかかりがあったわけです。

夏のインターンシップが本格的に動き出すタイミングになりました。どうすれば学生が経験に根ざした価値観を育むことができるのか。これはプログラム設計における大切な着眼点になるでしょう。

その上で、生成AIという道具をどのように使いこなしていくのかを、具体的に考えていく必要があります。生成AIがある時代の採用活動・就職活動の在り方は、スタートラインに立ったばかりと言えます。
〔就職情報研究所 所長 平野 恵子〕

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